『メロディに思いを込めて』

 見渡す限り弓なりに広がった海岸を2人で歩いていた。さらさらの砂で覆われたプラヤビーチには人はなく、夕日に照らされた二人の影だけが、大きく海岸に広がっている。冷ややかな風が椰子の木を揺らしている。
 「次はいつ戻ってくるんだい?」僕は幼馴染のビアンカの横顔を見つめた。
 「えっと、そうね、半年後には一度帰ってくるわ」
 漁業を生業とし、細々と暮らしいている小さな島。透き通る程の透明な海の他には何もない、うらびれた漁村。この国の住人は、僕らのこの島を『Isla de nada(何もない島)』と呼んだ。


 「でも、こうやって帰ってくれば、またいつものように会えるわ」
 島に残る僕の事を気遣ってか、ビアンカは明るく調子を合わせた。
 太陽は西の果てに沈んでいき海はブラックパールの色に染まっていく。いつも2人で見ていたこの風景。これからは1人で見なくてはならない。まだ別れの実感がない。
 「俺はこれからもここで暮らしてゆく。祖父も父も俺もこの島しか知らない。もし俺の子供が出来ても、それは変わらないだろう」
 「ええ、そうね」
 「君がこの地を離れて、この暮らしを忘れたとしてもどうしようもない」
 「忘れないわ。だって、この島は私が生まれて今まで住んでいた土地だもの」
 「兄の友達のバルガスはそう言って一度も帰ってこなかった。一度だって便りもない」
 「だから私がそうなるって言うの? バカバカしい。彼と私は違うわ」
 「それならばいいのだけれど。どうも僕は君がこの場所を離れるってことに、まだ実感がないみたいだ」
  日は無慈悲にも落ちていき、辺りは闇と静寂に包まれた。
  
  僕はポケットからくしゃくしゃのタバコを取り出して火をつけた。いつもと変わらない味。変わらない風景。
 「なぁ、ずっと言いたかったことがあるんだ」
 煙と一緒に言葉をはきだした。
 ビアンカは沈んでしまった水平線を見ていたらしく、えっ、とこちらを振り向いた。
 「どうしたの? 何を言いたかったの? 」
 「……えっと、覚えているかい。君が小さい頃、海で遊んでいて溺れたこと」
 「ふふふ、そうね、確か沖のほうまで一人で泳いでいっちゃって、足がつって溺れたのよね」
 「僕は途中まで一緒に泳いでいたんだけど、途中で引き返したんだ。そうやって戻ろうと岸に泳いでいったときに
君の声が聞こえたんだ」
 「意識を失ってしまったのね。気づいた時には、父さん、母さん、あなた、友達の顔があったわね」
 「気づいたときに言った最初の一言覚えているかい?」
 少しビアンカは笑っていいえ、と答えた。
 「君は気づくなり、僕の顔を見て、『あら、何で泣いていの? 』って言ったんだよ。僕は泣いてたんだね」
 「……覚えてないわ」
 


  2人の間に沈黙が広がった。僕は慌てて、別の話題を切り出した。
 「こんなこともあったね。友達が僕らが付き合っているんだじゃないかって、はやし立てたんだ。家も近いし、いつも一緒に帰ってたからだろうけど、僕はそんな言葉になれてなくて、慌てて繋いでいた手を離したんだ」
 「そんなこともあったけ? 」
 そうね、あったかもしれないわね、そうつぶやくとビアンカは笑顔で言った。
 「じゃあ今、手を繋ぎましょう! 」
 
 何年かぶりに繋ぐビアンカの手は記憶よりも大きく、そして暖かった。そうやって2人して歩くとなんだかずっと一緒にいられる気がする。胸の高まりがどくどくと脈を打つ。ビアンカも同じふうに感じているのだろうか。甘いココナッツの匂いが鼻をくすぐる。

 家の明かりが見えてきた。暗闇に消え入りそうなランプの光。そこで僕らは別れ、明日にはビアンカは島の外に出てしまう。次にいつ会えるのか、もしかしたらこのまま一生会うことなく、僕は島の暮らし、ビアンカは陸の暮らしをするのかもしれない。そうしてお互いに伴侶を持ち、淡い二人の思い出は語られることなく、胸の一番奥の鍵のかかった部屋にひっそり住み続ける。


 僕は最近覚えた歌を贈ろうと思った。この気持ちを言葉にして言ってしまうと、お互いに何か変なしこりが残りそうだから。それは島を出て行くビアンカには必要のないものだから。せめて、自分の気持ちを歌にのせて、彼女に届けたい。

 「ビアンカ!歌を君に送るよ。君が行く土地よりもずっとずっと西にある国の歌を」
 「えぇ聞きたいわ。あなたは昔から歌が上手だったものね。聞かせて」
そして僕は歌い出した。歌に込められたメッセージをビアンカに伝えたくて。そして、この歌でビアンカの未来が変わるように一縷の希望を信じて。波の音にのせて、切ないメロディが響いた。



 言えないよ 好きだなんて
 誰よりも君が近すぎて
 悲しいよ 夢だなんて
 君に届きそうな 
 くちびるがほら空回り


 ビアンカはこの歌をゆっくりと耳に焼き付けると僕に尋ねてきた。
 
 「いいメロディね。何だか悲しくなるわ。ところで歌詞はスペイン語じゃないみたいだけど、何語なの? 」
 「Ohhhhhhh,Jesussss!!!!」
 
 しまった、ビアンカは日本語がわからなかった。
 
 ヒロミ・ゴウという島国の歌謡曲は、ビアンカの心の琴線を震わせはしなかった。ビアンカは次の日の船で外の世界に旅立った。そして二度と島に戻ってこなかった。




ふぃn





 
 

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