『あぁ題号バスケ部一年生2』

 特訓の説明を長々としてきたのだが、その恐怖の特訓の日のバスケ部の練習を思い出してみるとする。

 その日はまだ4月というのに曇っていた。桜は散り、男子高校の雰囲気というのもわかってきた頃、一般生としてバスケ部に入部した木村には、もう既に2週間ほどで一つの学校生活パターンが確立させていた。
 それは朝練を終え、授業が始めるとほとんどの時間を寝て過ごし午後の部活に備え力を貯めておくのだ。授業の合間の休み時間も寝て過ごし、昼休みには食堂での先輩が座る場所取りがある。なのでクラスの中にも仲良くなった友達はいない。極限まで寝て過ごし、ホームルームが終わるやいなや、ダッシュで部室に向かって走り出す。そそくさと着替えた後は、先輩が悠々と来るまでの間に部室の掃除、ボール磨き、モップがけ、練習中に飲む水の準備をして練習の始まりを待っていた。


 まだ一年生が40人もいる頃だ。明確な仕事分担というのは無く、各々が仕事を奪い合い、ボーっとしていないようにだけ注意していた。下手なことで目を付けられたんじゃあ、身も蓋もない。一年生はいくら先輩がいなくてもコートは使えない。もちろんシュートを打つこともできない。なので準備が終われば皆コートの隅でストレッチという名のおしゃべりを楽しんでいた。
 
 木村は中学時代に使っていた、ナイキのバッシュの紐を固く結びなおして、初めて見る顔のひょろながで長身の一年生に話しかけた。
 「君はどこ中学なん?」
 長身の一年生は横山といい、特待生の亀福と同じ中学だった。
 「早良中学。中学時代はセンターしとって、亀福と県大会決勝までいったとって」
 そうやって雑談を交わしながら一年生は徐々にお互いのことを知り合っていった。

 題号バスケ部の練習時間というのは短い。監督が来て約2時間程で終わってしまう。監督が帰れば、そこからが個人練習になり、一年は先輩の練習のアシスタントをやらなくてはいけない。先輩はシュート練習でコートを使い、一年生がリバウンド、パス、ディフェンスの壁役をこなす。この頃はまだ、先輩一人に5人が付いていたころもあった。それくらい人数があぶれていた。


 この日はいつもと違い、全体練習が終わり、監督が体育館を後にすると、3年生達がヒソヒソと話し出した。そして2年生にあれこれと指示を出す。いつもとは違う不穏な空気に気づいていないのは、木村を含める一般生だけだった。同じ学年の特待生は特訓の黒い噂も聞いたことがあり、苦い顔で審判が下されるのを待っていた。おい、木村、鍵しめてこい、と唐突に命令を下すキャプテン。いつもならコート全体を使って練習している先輩達の姿は一つもなく、意地悪な笑みを押し殺した顔でゾロゾロと中央に集まりだした。


 「一年集合ーーーー!!今してる事辞めて、集まれー、ほら早く来い! 」

 2年の片山さんの声で40人の一年生は何事かと顔を見合わせ急いで集合する。

 時期キャプテンと噂される、筋肉質の片山さんは軽い調子で喋り出した。3年生は2階にまばらに点在してこの様子を伺っている。他の2年は輪になった40人を逃がさぬように周りを取り囲んでいた。いくら特訓を知らなくてもこの異様な空気を、さすがの1年生も感じとり不安げにキョロキョロと周りの顔を見回す。

 「いつものように一列並んでシャトルランするぞ、タイムは27秒。これを10本。一人でも遅れたら、カウントされんからな。じゃぁ並べ!はい、すぐ並んで」

 コートの端に10人1列で並び、開始のピッという無機質な笛が鳴る。このダッシュ――題号バスケ部では「シャトルラン」と呼ばれ、バスケコートの端からスタートし、まずは4分の1でスタート地点まで戻る、それから次は半分までダッシュ。戻る。そして4分の3までダッシュ。戻る。最後に端から端まで往復で走りきる。制限時間27秒というのは決して無理なタイムではない。ただ、いつもなら上級生含めた8列くらいで走るものだから、次のダッシュまでのインターバルを体力回復に充てられる。しかし今回は4列しかない。体力回復時間は半分になり、しかも折り返しの地点で2年生が審判として立ち、きっちり線を踏んだか踏んでないかをチェックしている。


 「いくぞ!ピッ!」


 3本目くらいまでは全員がなんとかタイムを切らずに走りきった。これが、10本。4本目で一般生の一人がタイム内に入れずカウントされなかった。そしてそこからの無限に続くかと思われるような、終わりのないダッシュ。
次第に頭の中には、この一本を走りきることしか考えなくなる。前の列が終わるまでに息を整え、走り出す準備をする。誰がミスった、次が何本目だ、なんていうのは考えれず、木村も意識が朦朧としていった。



 「お前らちゃん走れや、ずっと終わらんぞー」
 「行け行けー」
 「休まんで、声出せや」
 「線踏めやぁぁぁぁっぁぁっぁ!!! 」

 声援とは程遠い、矢のように突き刺さってくる鋭い罵倒。この急激なダッシュでまず奪われるのは思考力。支えてくれるのは各々のプライド……ではなくて、走らされている仲間達よりも先に倒れれないという恐怖。野太い声が聞こえる度に木村も、少しだけ残っている空気でかすれた声を出す。

 「おぉぉぉぉ」

 普段は練習を盛り上げる一年生の雄叫びも、今回は地獄からの救いを求めるような呻きにしか聞こえない。
 「おおおおぉぉ」
 「おおぉぉぉぉ」




 「はい、ずっと10本クリアできないから練習変えます。次はコートの外周を走れ、全員で声ださんと殺すぞ」
 
 木村は、もう殺されたほうが楽だ、なんて意識の片隅で考えていた。



つづく

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