ニューパソ

 休みの日なのに、朝早くから秋葉原に向かった。
メキシコで買っていたネットブックの液晶が壊れたからだ。
毎回画面を開くたびに深いため息。買って一年もしてないのに。


 私に落ち度がある。それはわかっている。自転車に乗るのに、薄い
布切れみたいなケースに入れて持っていったりしてたから。
余程、屈強なパソコンではないと耐えれない仕打ちだろう。

 ただ、今回の画面破損については、一つ不可解なことが
ある。もしかしたら、人為的な破損ではないかということだ。
誰かの恨みを買っているのではないか?


 そうそう、こんな事もあった。財布に入っていたお金が無くなっていた
のだ。9000円ほど。けっこうな額だ。決して黙ってはならない
金額だが、私は黙した。


 それは第一に、私にも落ち度があったからだ。ずさんな
財布管理。適当にチャックもせず、バックに放り投げて、横顔出して
「おいらはココだよ!」と主張させていた。


 画面破損に関しても同じことが言える。ロッカーにも入れず、
「日本人は盗まない、壊さない、落とさない」というメキシコ人と
比べての比較三原則を心に抱き続けていた。


 これは全て私の落ち度だ。


 そして私が犯人を捜さない理由はもう一つある。



 それは私も極悪非道の限りを尽くして、人のものを盗む、
奪う、犯してきたからだ。


 松が買った冷蔵庫にある「金麦」などいい例だ。神が買った
「週間少年ジャンプ」なども所有権は神に帰属するはずなのに
何度捨てただろうか。毎週木曜日のゴミの日に。私も重大な
罪を犯してきているのだ。どうやったら人の事を責められるだろう。



 一週間の間に立て続けに、この「画面破損事件」と「9000円強奪
事件」が起こった時、私の胸の内では怒りよりも、むしろ深い反省
の感情が起きたことを知ってもらいたい。



 私は一人、空になった財布に向かってつぶやいた。


 「因果応報なう」


 これまで私が書き記してきた経緯を読んでもらうと、同居人の
餅(最近餅ばかり食べるので、松隈から餅隈に改名した)、神が
犯人、もしくは共犯と考えられるだろうが、それはない。フラグを
立てているわけでもない。


 彼らは無実だ。


 もし捜査の手が彼らに及んだ時には、この手記を捜査官に渡して
欲しい。



 では誰が犯人という事になるのだが。ここではあえてその名を
記さない。そもそもわかってない。興味もない。


 全ては私が生まれてきたことによる、運命というべきか。業とも
言うべきか。



 悔しい。悔しいが、私は内心、心のどこかで喜んでいる。


 怨恨からの犯行であって欲しいと思っているのだ。決して偶然、
パソコンが落ちたとか、松屋で一万円を使ってボーっとして、券売機
のところから取り忘れた(日本に帰って2度程ある)とかではない。
100%疑いようのない過失であって欲しくない。



 なぜか。



 日々が平坦だからだ。平坦が悪いわけではないが、もうちょっと
こうドラマチックな出会いとか(道で女性とぶつかる)、サスペンス的な
出来事(サンマルクで殺人が起こる)な要素があると、料理に
唐辛子を入れて、ピリッと味を締めるみたいに日常がスリルに満ちて
くるはずだ。そんなことを思う冬の日晴天の空冬将軍がやってきた今日
この頃でやっぱりミーハーな体質は抜けな・・・・





 話がそれた。


 そう、怨恨であって欲しい本当の理由は、この些細な事件で自分
の日頃の行いを省みることができるのだ。





 なかなか自発的にはそういった考えをすることは難しいから
こいったチャンスを活かしていきたいということで、このわけ
わからん文章をしめたいと思う。




ふぃn


 






この記事へのコメント

2012年01月17日 21:52
どうしようもなくなったら、モルダーに頼もう。
あぁ
2012年01月18日 12:26
あの有名なモルダーね。知ってる。知ってる。

この記事へのトラックバック